【マダム路子・自分史(第22話)】国家試験合格と、22歳での講師デビュー

日本美容専門学校卒業後、1年間のインターンに従事せず、いくつかの美容学校の専科に通った半年。いよいよ美容師の国家試験に向けての予備クラスが開講され始めていた。
2020/07/22

国家試験

美容師資格取得には、まず、【学科】を突破しなければならない。

 

筆記試験が3月と9月。実技試験は2月と8月に実施。

 

私は母校の模擬テストクラスで受講することに決めた。

 

ここ一番の試験対策にはやはり母校頼りだった。

 

 

【筆記試験の内容】

1.関係法規・制度

2.衛生管理(公衆衛生・環境衛生、感染症、衛生管理技術)

3.美容保険(人体の構造及び機能、皮膚科学)

4.美容の物理・科学

5.美容理論

 

 

私は暗記するのは得意ではない。

 

大嫌いだが、そんなことは言っていられない。

 

学科試験に通過しなければ、前には進めないのだ。

 

必死に勉強せざるを得ない。

 

自分に甘くならず真剣勝負だと言い聞かせながら、面白くもない文字を脳に送り込む。

 

しかし、小難しい専門科目を暗記しているうちに、知っていて良かったと思うときだってあるかもしれない。

 

だから、理論もしっかり覚えよう、と言う気持ちに変化していった。

 

専門学校時代も居眠りばかりしていた学科を、真剣に読みこむと、急に記憶力が高まったから不思議。

 

実際に、魅力研究家・美容家として仕事をするようになったときに、若き時代に学んだ物理科学、衛生管理などすべての知識が役に立つ場は何度もあった。

 

試験会場では、かなり自信があり余裕をもって問題のひとつひとつを落ち着いて書きいれることができた。

 

無事に東京都主催の試験に合格できた。

 

次は技術の実地試験だ。

 

インターン経験の間に学ぶべき技術力が欠落していた。

 

 

【実技試験】

第一課題「カッティング」・・・

試験の時間は20分で、スタイル構成、技術条件、留意事項、作業上のポイントなど細かな条件がたくさん出される。

 

第二課題「セッティング」・・・

「ワインディング」と「オールウェーブセッティング」の2種類あり、年によって課題が変り、時間は学科25分。

 

 

第二課題の2種類詳細

ワインディング・・・ パーマを作るための基礎技術

オールウェーブセッティング・・・ 「フィンガーウェーブ」「ピンカール」

 

 

 

実技試験は都道府県によって違った。

 

東京都の技術試験は、ワインディングで時間は30分。

 

インターンをしていれば、この技術は経験している方が多い。

 

私は、魅力研究家デビューするには、基礎技術よりも専門的なスタイルを作れることが重要だと思い、専科に通っていた半年。

 

学生時代もワインディング技術には苦戦した。

 

コツを飲み込むまで人一倍時間がかかった。

 

生徒数も少なかったおかげで、指導講師は何度も丁寧に指導してくれた。

 

美容専科に通う間には、一度もワインディングを施術したことは無かった。

 

6ヶ月のブランクは大きかった。

 

まず、時間内に収める事ができないのだ。ようやく時間内に巻き終わっても、分けとりやゴムのかけ方がキチンとおさまっていない。

 

本番のテストではこうしたことで、どんどん減点されていく。

 

時々焦燥感に陥り涙が出る時もあった。

 

この時、私は山野美容専科の教室で立ち往生してしまったことを思いだした。

 

山野和子先生が、その日練習するヘアスタイルの仕上げを見せてくれる。

 

まず、セット用のカーラーを巻くのだが、そもそもローラーを巻く技術も未熟。

 

したがってまともに仕上げなどできない。

 

それでも3か月通学している間に、何とか形を付けられるようになった。

 

このとき、基礎技術をしっかり学ぶべきなのだと痛感した。

 

美的センスには自信があったが、手先は人一倍不器用な私は強く反省した。

 

ピカソの後年の作品は理解しがたいところがあるが、初期の作品を見ると写実の正確さ、構図の素荒らしさに圧倒される。

 

技術とは「基礎」という土台の上に華麗に花も咲き実にもなる。

 

後悔、反省していても仕方がない。

 

今はワインディング技術を掌握して、資格を取得する事だと必死に取り組み、何とか合格した。

 

短い期間だったが、美容師免許取得経験は、私にプロになることの難しさを教えてくれた。

 

同時にその難しさを克服する「やればできる」という精神力と、御墨付という意味での合格を手に入れたことは大きな喜びであり、自信につながった。

 

私はその後、美容サロンを手広くオープンした。

 

1980年代に男性美容師が台頭、カリスマ美容師ブームが起こった頃、某人気サロンに査察が入った。

 

そこに働いていた美容師の多くが無免許だったからだ。

 

そのサロンは閉店となった。

 

美容サロンは公衆の髪や顔の命を預かる場所。

 

公衆衛生面からも真のプロなら国家試験は取得していなければならない。

 

この事件を知ったとき、若き日、自分の不器用さに泣きながらでも国家試験取得を投げ出さず良かったと胸をなでおろした。

魅力研究家デビュー
魅力研究家デビュー

日本初の魅力研究家、専任講師に

私が美容師資格を取得したのは21歳の春。

 

そして、7月、22歳を迎えた時に、東京飯田橋に開校される「日本チャーミングスクール」の講師に抜擢された。

 

学院長は有名大学教授。他の講師陣には俳優、モデル、マナー評論家、パントマイム指導者・映画プロヂューサーなど多彩だった。

 

有名講師陣は実際に講話するのはせいぜい1回。

 

名前だけの方も多かった。そこで専任講師に指名されたのが私だった。

 

開設に先駆け、経営者と事務局長が私のメンターに相談していた。

 

その段階ですでに、私を専任講師として推薦してくれていたのだ。

 

メンター丸尾長顕先生と私の出会いもチャームスクールだった。

 

それにしても、22歳という若さで専任講師に迎え入れてくれるには経営者も事務局長も実際は不安だったかもしれない。

 

その不安を緩和したのは、私が魅力研究家としてメディアに大きく取り上げられたからだったと思う。

 

それは、当時公称100万部数発行の「女性自身」誌に日本初の魅力研究家(チャーモロジスト)と書かれた事が大きかったと聞かされた。

チャームスクール開校

オープン準備を2人の事務の女性と一緒に私も参加した。

 

受講生は昼夜合わせて50人ぐらいだった。

 

予想し、期待していたより少なかったが、日本チャームスクールの開講の日がきた。

 

この日は丸尾先生が声がけをしてマスコミ陣も招待していた。

 

スペシャルゲストとしてフランス人で日本でも人気のあったライフスタイルアドバイザー、エッセイストのフランソワモレシャンが美についてのトークをした。

 

日本女性は自分を表現するのがおとなし過ぎる。

 

パリジャンのようにもっと自由に振る舞いすべきといった内容に私も共感を持った。

 

トークが終ると彼女は帰った。

 

その後、会長はじめ男性講師の挨拶の番がきた。

 

どなたも、おっしゃる主旨は、容姿だけの美しさは本物の美ではない「心」の美しさが大事。

 

人に対して礼を守り、優しく、思いやりに溢れ知性を備える事が「本物の美しさ」だと。

 

私が顔面一杯にできたニキビに悩み、「だれでも美しくなれる!」というキャッチフレーズに救いを求クイーンチャームスクールに入会した時に感じた違和感が胸のうちにムクムクと盛り上がってきた。

 

彼らの言葉は「不美人でも心がきれいなら美人」「顔やスタイルは美しいが心が綺麗でなければ不美人」と言っているとしか思えなかった。

 

彼らは容姿端麗な美女が揃って待ち受けるネオン輝く社交葉が大好きなことを知る私は途中から腹立たしくなった。

 

私の挨拶の番になった。

 

あまり晴れやかな顔をしていない受講生の前の教壇に立った、私はステージから観客を見るように、教室全体に死線を向け、まずにこやかに「魅力研究家で美容家の品川路子です」と第一声を発した。

 

諸先生方がおっしゃるように心の美をアップするのはとても大事です。

 

しかし心は見えない存在。

 

見えない「心」はどうしたら対象者に伝わるのか。

 

自分でどれくらい美しいと感知するのか、できるのか。

 

それには、第三者には「見た目」「外見」からしか推測、判断してもらうしかない。

 

また、自分の心の美はどうしたら推し量れるのか。

 

これも第三者が見た目や行動が伴い「思いやり」「教養があるわ」「優しい」と感得してくれるのだ。

 

「内面美」を磨くのは当たりまえ。それが「外見」に美しく表現されるよう具体的にレッスンするのが「魅力学」。

 

また、美しくなるのは男性のためも一部あるが、本来は、自分の人生を輝かしきものにするのが大きな目的ですと、いつしか熱弁を奮っていた。

 

挨拶終了後、頭を下げながら、男性講師たちを意識しすぎ・ちょっと抗戦的になったかと思いながら、頭をあげ受講生の顔を見た。

 

すると受講生の顔が先ほどとは大きく変わり笑顔一杯に変化していた。そしで大きく拍手をしてくれた。

 

それは受講生だけではなかった。

 

会長も経営者も、事務局長、丸尾先生もニコニコ顔で力強く、拍手をしてくれた。

 

開講のセㇾモニー終了後、会長は「素晴らしい、さすが丸尾長顕先生のお眼鏡に叶ったお嬢さんですね」と握手を求められた。

 

こうして、私の始めてプロ講師の生活が順調に滑り出したのだったが。

 

半年後大きな壁にぶつかることになる。

チャームスクール開講

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