【人生100年時代、趣味を楽しむ】物言わぬ地域史の代弁者『銅像』をめぐる旅。

人生100年時代。 足腰が元気なうちは様々な場所を訪れ触れたいものですね。 定年を迎えたシニア世代の方々であれば、自分の好きに時間を使って、旅に出てみたり、趣味の深堀をしてみるのもよいのではないでしょうか。   さて、今回は各地に立つ偉人像や英雄像にまつわるお話です。 偉人像や英雄像は、“物言わぬ地域史の代弁者”ということができるでしょう。
2019/06/17

源頼朝像[源氏山公園]古都鎌倉を見つめる武家の棟梁

源氏ゆかりの地に築かれた源頼朝像。

鎌倉時代に幕府が置かれた場所であり、現在では国内外から高い人気を誇る観光地・鎌倉。

 

鎌倉にゆかりの人物として、真っ先に思い浮かぶのが、そう、源頼朝でしょう。ライバルの平氏を滅ぼした頼朝は、最近では「1192(いいくに)年」が改められ「1185(いいはこ)年」に、この鎌倉の地に幕府を設立しました。

 

頼朝像は甲冑姿に烏帽子をかぶり、どっしりと胡座(あぐら)で座る威風堂々とした姿です。

 

じつは、全国的に胡座の銅像というのは非常に珍しい。銅像がモニュメントである以上、より遠くからでも見ることができる立像のほうがふさわしいですし、胡座姿なのであれば、胸像にしたほうがよほど予算が少なくてすむからです。

 

この頼朝像はあえて胡座で坐すことで、源氏長者たる貫禄を出すことに成功しています。

かつて自らが収めた鎌倉の地を睥睨している。

頼朝像が立つ源氏山公園(鎌倉市)は、かつて頼朝の先祖であり由緒正しき清和源氏の血統である源義家が、東北で起こった後三年の役の出兵に際して戦勝祈願をしたという伝承が残る場所。

 

それなら義家像のほうがよいのでは? というツッコミがあるかもしれませんがそれはそれ、頼朝の鎌倉入り800周年を記念して、1980年に源氏の名を冠した源氏山の地に頼朝像が建立されました。

 

かつては武士の都、今では日本屈指の観光地である鎌倉を見下ろす頼朝の表情は、誇らしげでありながら、観光客の多さにちょっと困っていると見えなくもありません。

源氏山公園

一遍上人像[清浄光寺(遊行寺)]静寂ながら一心不乱の祈りの姿

時宗の総本山・清浄光寺の境内に立つ一遍上人像。

上で紹介した源頼朝の死後から40年後に誕生したのがこの一遍上人。

 

一遍は鎌倉新仏教のひとつ、時宗の開祖であり、時宗の総本山である清浄光寺(藤沢市)に銅像が立ちます。清浄光寺が「遊行寺」という通称で知られているとおり、一遍は全国を遊行(行脚)して、教えを広く伝えることにその身命を賭しました。

 

太鼓や鉦を叩いて拍子をとり、信徒らとともにぐるぐると踊りながら、半ばトランス状態で念仏を唱える「踊り念仏」を伝教の手段としたことでも知られています。

祈りの姿を強調するためか、手はやや大きめにつくられている。

銅像の姿は、踊り念仏とは正反対の静寂な祈りの姿。やや前傾姿勢となり、一点を見つめて手を合わせます。念仏を唱えながら全国を行脚する姿なのでしょう。

 

行脚する姿と書きましたが足は裸足で、羽織る衣服も立派な袈裟とはいえないもの。

 

無駄をそぎ落としたシンプルな像なだけに、一遍上人の教えの崇高さ、行き方の気高さが伝わってくるようです。

清浄光寺(遊行寺)

北条早雲騎馬像[小田原駅西口]必殺“火牛の計”で難攻不落の小田原城を攻める!

采配を掲げる姿が英雄然としている北条早雲像。

戦国時代、小田原城を本拠に関東の覇者となった北条氏。

 

5代100年にわたり関東を統べたのですが、その初代となったのが北条早雲です。

 

長らく下剋上の体現者でありながら謎多き人物とされてきましたが、近年の歴史研究により、出自は室町幕府の政所執事(ごく簡単に言うと官僚方のトップ)を務めた伊勢家の一門で、室町9代将軍・足利義尚に仕えていた伊勢宗瑞であることが判明しました。

 

歴史に新発見はつきものとはいえ、ここまでハッキリと来歴が証明された人物は近年ではいません。

 

ちなみに、新説に基づいた北条早雲=伊勢宗瑞の前半生は、『月刊!スピリッツ』(小学館)で連載中のゆうきまさみ著『新九郎、奔る!』で描かれていますのでオススメです!(執筆時点で2巻まで刊行)

銅像の真下から(左)。どこから見ても迫力がある。3対の牛像は奥の像ほど小さくつくられており、立体感を出している(右)。

さて、この早雲が関東に下向したいきさつは紙幅の関係もあってとても書き切れませんが、伊豆を拠点に戦国大名への足がかりをつかみ、関東平野の入り口に位置する小田原城攻めを敢行します。

 

小田原駅に立つ北条早雲像は、小田原城攻めを再現した姿。

 

牛の角に松明を結びつけることで大軍に見せかけ、当時の小田原城主がほうほうのていで逃亡したことで難攻不落の城を奪取したという逸話に基づきます。

 

天に向けて采配を掲げ、牛らを従える早雲は戦国の英雄らしい猛々しさ。

 

よく見ると馬の下半身は表現されず、牛の縮尺も小さすぎるのですが、それゆえに銅像ならではの立体感や造形美を獲得しているといえるでしょう。

 

銅像として異色の出来のこの騎馬像は必見です!

北条早雲騎馬像[小田原駅西口]

東郷平八郎像[三笠公園]

東郷平八郎像[三笠公園]

日露戦争で日本海軍を率いた英雄。

 

戦艦「三笠」をバックに、日本海海戦に挑む緊張感にあふれる。

三笠公園

井伊直弼像[掃部山公園]

井伊直弼像[掃部山公園]

「なぜ横浜に井伊直弼像が?」と思う方もいるかもしれないが、公園一帯を旧彦根藩士が買い取っており、横浜開国50周年を記念して、開国の立役者となった井伊直弼像が建造された。

掃部山公園

北条実時胸像[金沢文庫・称名寺]

北条実時胸像[金沢文庫・称名寺]

鎌倉幕府の執権となった北条氏の一門で、執権を補佐し幕政の中枢を担った。

 

引退後、金沢文庫を創設したことが胸像の由来。

金沢文庫・称名寺

写真提供=滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

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