お孫さんと楽しむ『水中モーター』!今なお通用する懐かしカルチャー。(人生100年時代を家族と楽しむ)

かつて大ヒットしたグッズやメディア。今や遠い昔の思い出だったものが、意外な復活を遂げたり、形を変えて現代に蘇ったりしています。そんな懐かしくて、新しい、若者や子供たちと一緒に楽しめるカルチャーを紹介します。
2019/05/15

何でも水上航行! 懐かしの「水中モーター」

「水中モーター」。

 

ある世代にはとても懐かしいアイテムだと思います。

 

文字通り水中で使用するモーターです。密閉された流線型の容器に電池とモーターが一体化され、後部のスクリューを回転させます。

 

パッと見は魚雷みたいです。これ自体は自重で水に入れても沈んでしまいます。水中モーターの画期的なのは、上部に付いている吸盤です。

 

これを貼り付ければ、動力のない船のおもちゃはもちろん、木の板やプラスチックの皿、ペットボトル……極論、水に浮いて吸盤が張り付けば、何でも水上を走らせることが出来るのです。

水中モーター

今回は、この「水中モーター」のお話しをするわけなのですが、その前に、なぜ、この特殊な商品が世に出たのか?

 

順を追って解説させていただきます。

急浮上! 高度経済成長期の潜水艦ブーム

時代は遡り、昭和38(1963)年。

 

東京オリンピック用施設建設のための槌音が響き渡る頃、子供たちの間では「潜水艦」が話題になっていました。

火付け役は小沢さとるさんが「週刊少年サンデー」で連載していた『サブマリン707』。

 

海上自衛隊の潜水艦707が、世界制覇を狙う謎の結社と戦う海洋アクションです。

 

敵の潜水艦は最新鋭艦なのですが、対する707は、通常装備の潜水艦。毎回、満身創痍で、時には撃沈されてしまうことも(さすがに、この時は、新型艦のⅡ世号に引き継がれます)。彼我の圧倒的な性能差を艦長や乗組員の知恵と勇気で乗り切るのが最大の魅力でした。昭和37(1962)年の年末からスタートし、そのリアルな戦闘シーンが子供たちの心を鷲づかみにしたのです。

 

この人気に目を付けたのがプラモデルメーカーの今井科学(2002年解散)。

 

今井は、『鉄腕アトム』や『鉄人28号』など数々のキャラクタープラモを世に出して来た当時のトップメーカーで、後に『サンダーバード』で、その地位を不動のものとします。『707』を再現した潜水艦プラモデルの開発に着手します。プラモデルが発売されたのは、『707』の連載が終盤に差し掛かった昭和40(1965)年でした。

 

当時の子供文化はテレビ番組もマンガも、ヒエラルキー的には、ほぼ同列で、映像化が商品化のマストではなかったようです。『707』自体もアニメ化の企画は進んでいたようですが実現しませんでした。

 

それでも、その人気は絶大でプラモデルは大ヒットしました。

 

当時、今井科学は水の事故を防ぐために、小学校のプールを貸し切り、子供たちへ「正しい潜水艦プラモの遊び方」を啓蒙したそうです。

 

時を前後して昭和39(1964)年、海外ドラマ『海底大戦争(スティングレイ)』、『原子力潜水艦シービュー号』が次々と放映されており、いずれも緑商会(1978年廃業)などでプラモデル化されています。

 

様々なメーカーの参入もあり、潜水艦プラモデルブームは、ますます加熱していったのです。

サブマリン707

合致! 潜水艦ブームと内風呂普及率

当時の今井科学の『707』の主なラインナップは、「サブマリン707(後継艦のⅡ世)」と707に搭載されていた小型潜航艇「ジュニア」。

 

それぞれ3タイプで、A(ゴム動力の最小型)、B(大型のゴム動力)、C(モーター動力のハイクラス、浮沈機能もあり)が発売されていました。

 

さて、ここで問題なのが、当時の子供たちは、どこで潜水艦プラモで遊んだのか? です。

 

プール? 先ほどのイベント絡みでもない限り、学校がプールをおいそれとは開放してくれないでしょう。それに学校にプラモなど持ち込んだら先生に没収されてしまいます。公共プールでは、人が混み合って、それこそ芋を洗うような状態です。人と人の間に挟まって撃沈されてしまうのがオチでしょう。

川や池? もし手の届かない場所に行ってしまったらお手上げです。

 

事実、当時の友達がデラックスな潜水艦プラモを購入、大きな池で自動浮沈機能を試そうとしたところ、そのまま行方不明になってしまった、と泣いていたのを憶えています。

 

方向舵を調節して円運動で戻ってくるようにするという手もありますが、所詮は当時のプラモデルのパーツの精度と子供の組み立て技術では、限界があります。

 

パーツの隙間から水が侵入し、一度、手を離したら最後、「進水式」が「浸水式」になってしまったというシャレにもならない事態になってしまいます。池の水を全部抜くというテレビ番組がありますが、いつか潜水艦の墓場が発見されるのでは、と内心期待しております。

 

銭湯? 最も安全な手ではありますが、浴場でプラモを持った子供たちがギャーギャー騒いだら、近所のオヤジに怒鳴られてしまうかもしれません(当時の大人は他人の子でも容赦なく叱り飛ばしました)。

 

せっかく買っても、自由に遊べないプラモデルが、なぜヒットしたのでしょう?

 

ヒントは当時の「住宅統計調査」にありました。昭和30年代に入ると内風呂の普及率が急速に高まります。昭和38(1963)年では約60パーセントにまで到達していました。さらに風呂付きの公団住宅の建築が盛んに行われ、普及率はますます上昇していきました。

 

プールや池に比べたら狭い限りで、航行させれば、すぐに浴槽の壁が立ち塞がります。それでも行方不明になってしまうのに比べれば、マシであります。当時の子供たちのイマジネーションでボクんちの風呂は、たちまち大海原に早変わりするのです。

 

そう、潜水艦ブームを後押ししていたのは、一般家庭に風呂の普及だったのです。

水中モーター! 水遊び究極のアイテムの誕生と再生

昭和40(1965)年から始まった潜水艦プラモブーム。子供たちの水遊び熱が高まる中、昭和42(1967)年、東京科学株式会社(現・マブチモーター株式会社)から「水中モーター マブチS-1」が発売されます。

 

冒頭でもお話ししたとおり、お兄ちゃんのように潜水艦プラモが組み立てられなくても、水に浮くアヒルさんに装着すれば、水上を高速航行するのです。このモーターの登場によりお風呂遊びの幅は飛躍的に拡大しました。その後、水中モーターは、30年間発売され続けるロングセラー商品となったのです。

 

ただ、その後、ゲームなどの登場で、子供たちの遊びが多様化し、昔ほど水で遊ぶ玩具が流行らなくなり、さらに少子化の影響もあったのか、平成9(1997)年には生産を中止してしまいます。

 

しかし、無くなってしまうと欲しくなるのが人情。実は水中モーターが入手不可能と聞くや、昭和30年代の潜水艦プラモ愛好家、少なくとも30代以上のオッサンたちが復活を望む声が多くなったようです。そこで、平成14(2002)年、プラモデルメーカーの雄、タミヤが自社ブランドの一つ「楽しい工作シリーズ」で「水中モーター」を発売したのです。

 

部品製造に必要な金型をわざわざマブチモーターから譲り受けての完全復活。マブチ水中モーターは完成品でしたが、タミヤ製は「工作シリーズ」ですので、多少の組み立てが必要ですが、短時間で完成できます。

 

これは往年のファンには嬉しい限りでしょう。さらに、その後、タミヤは一回り小さな全長108ミリ「ミニ水中モーター」(通常版は123ミリ)も発売しています。これならコンパクトな船体にも対応し、工作のバリエーションも増えるというものです。

 

当時電池は単3でしたが、こちらは単4を使用。モーターも小型ですが低速タイプと高速タイプがあります。単なる復刻に甘んじないタミヤの意地を感じます。

 

夏休みの宿題でお困りのお子さんやお孫さんに、かつての潜水艦プラモの技術を伝授してあげてもよいかも知れませんね。

タミヤ 小型水中モーター
タミヤ 小型水中モーター
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